日記的なまとめ

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?

皆さんこんにちは!
プロ野球ファンのyossaです。

僕は地元球団
大のドラゴンズ好きでもあります。
中日ドラゴンズを広く・深く
応援していきたいと思います。

そして

ちょくちょくと他球団や
懐かしい選手の経歴なども
書いていきたいです!

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?        https://www.chunichi.co.jp/article/613346

先日、某テレビ番組のプロ野球選手総選挙でイチローさんや王貞治さん、長嶋茂雄さんを抑えて堂々の第一位を獲得した大リーグ・ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手。

2021年には大リーグでイチローさん以来の日本人2人目のシーズンMVPを獲得、
2022年は投げては14勝、打っては34本塁打を記録して、1918年のベーブ・ルース以来の〝2桁勝利&2桁本塁打〟を104年振りに達成(ベーブ・ルースは13勝&11本塁打の投打両方で超え)、本場アメリカ・大リーグにおいてもその歴史に名を刻んたとも言えます。

日本プロ野球約90年の歴史の中でも傑出した存在である大谷翔平選手。

今や世界中が注目する大谷翔平選手の事を調べてみました。

大谷翔平の二刀流はいつから!?

二刀流を目指したのはプロ入り直前!?

2023年1月6日に第5回WBC日本代表選手として先行発表された大谷翔平(おおたに・しょうへい)選手。

今となっては高いレベルでの投打の活躍が期待されていますが、

そもそも大谷翔平選手の〝二刀流〟での活躍はいつからだったのでしょうか?

大谷翔平選手は2012年ドラフト1位で日本ハムファイターズに入団しています。

花巻東高校3年時にはNPBのプロ志望を提出後、MLBのロサンゼルス・ドジャースやテキサス・レンジャーズ、ボストン・レッドソックスとの面談を経て、2012年10月21日にMLBへの挑戦を表明してしまいす(^^;)

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?    https://www.dailyshincho.jp/article/2021/08161700/?all=1

大谷翔平選手は会見を開き、

「日本のプロよりもメジャーリーグへの憧れが強く、マイナーからのスタート覚悟で挑戦したい」とコメントしています。

しかしその年の1番良い選手を指名するドラフト戦略を持つ日本ハムファイターズが果敢に大谷翔平選手のドラフト1位指名を公言、単独指名で交渉権を獲得します(^^)/

日本ハムの強行指名には賛否両論あり、当時の楽天の監督だった星野仙一さんや野村克也さんも怒っていましたが、大谷翔平選手や野球界の将来を考えての指名だったのなら、こんな素晴らしい球団はありませんよね(*^_^*)

指名当初は「びっくりしたし、動揺もした」大谷翔平選手。

最初は面会を固辞するも、日本ハム側の熱意から2度目の訪問で指名挨拶を受け、両親を交えた入団交渉を4度行い、3度目からは栗山英樹元日本ハム監督も同席し、大谷翔平選手の将来を考えた提案をします。

『大谷翔平君 夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~』と題した、30ページにも及ぶ資料を提示することで、

① 高校卒業後、直接アメリカへ渡った韓国選手の成功例が少ない事、
② 過酷なマイナーリーグの現状、
③ 母国のプロリーグで実力を付けてからの方がMLBで成功できる確率が高い等、

大谷翔平選手側に立った『メジャーリスク』を伝えます。

大谷翔平選手が目指す、

「メジャーのトップ選手になりたい」と望む大谷翔平選手の事を1番に考え、寄り添うものだったそうです。

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?   https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190718-12

その当時の事を栗山英樹元監督は、

「大谷翔平選手のご両親、高校の恩師の先生、日本ハムの皆で大谷翔平選手の夢の実現を考えた」と語っています。

そして、

投手と野手、〝二刀流〟育成プランが提示され、ここから大谷翔平選手の「メジャーのトップ選手になりたい」から、

「世界一の(投打の)野球選手になりたい」へと変わっていったのではないでしょうか(^ω^)

もう一つ、大谷翔平選手側の心を掴んだのは、

『日本ハムに是非入団して欲しい』という言葉が一文字も無かったそうです(^^;)

一歩引いたところからの説得やアドバイスは親身になってくれているという姿勢がより伝わってきますよね。

大谷翔平選手側をメジャー志望から熱い熱意で日本ハムが引き戻してくれましたよね(^ω^)

大谷翔平選手なら直接メジャー挑戦でも成功していたかも知れませんが、日本(日本ハム)を経由していなかったら、大谷翔平選手の二刀流への挑戦や成功も難しいものになっていたかも知れませんよね(~_~)

日本国民の盛り上がり方もまた違ったものとなっていたのではないでしょうか(^ω^)

大谷翔平の今でも守っている父の教えとは?

父との3つの約束事!?

 

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?https://www.sankei.com/article/20211119-J6RNZB5WXBM2HNZR2MIBJ7AAKI/

大谷翔平選手はメジャーリーガーとなった今でも、父親である大谷徹さんからの3つの教えを心掛けているそうです。

リトルリーグの指導者でもあった父・徹さんから野球をする上で、

① 大きな声を出して元気よくプレーする。
② 一生懸命にキャッチボールを練習する。
③ 最後まで全力で走る。

以上の3つの事を大谷翔平選手との約束事としていたそうです。

野球をやる上では基本中の基本とも言えますが、基本をおろそかにしては早い上達は見込めないですし、この3つの教えの中には、野球に対する心構えも同じく含まれており、今現在の大谷翔平選手の人柄にも影響を与えているのではないでしょうか(^ω^)

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?https://www.nikkansports.com/baseball/mlb/news/201906170000053.html

2019年6月16日の対レイズ戦、この日は父の日であったことから、試合後のインタビューで父から教わって一番大事にしていること、継続していることを聞かれた際、

「今ではもう本当に意識しなくても出来るレベルのこと、本当にそういうところじゃないかなと思います。無意識に継続していると思いますけどね」とコメントしており、

今では意識しなくても出来るようになっているが、忘れずに胸の中にずっと父の教えである3つの教えが刻まれていることを語っています(^ω^)

父との野球ノートが道しるべとなる!?

大谷翔平選手はかつてプロ野球選手を目指していたお父さんと小学5年生から『野球ノート』という交換日記をつけ、日々の反省点や課題などを共有し合っていたそうです。

このノートで目標設定をし、努力を惜しまず、常により高みを目指して練習に励んだそうです(#^^#)

子供時代から自己管理をして相当努力していたのが分かりますよね。

球速が100㌔を超えれば速いとされるリトルリーグ時代にはすでに120㌔を投げ、打ってはライトへ70mを越える打球を放つことで引っ張り禁止を命じられるなど、学童の時からずば抜けた能力を発揮していた大谷翔平選手。

父・徹さんとの野球ノートのおかげでこの才能が引き上げられたことは間違いないでしょうね(#^^#)

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?まとめ

大谷翔平の二刀流はいつから!?今でも守っている父の教えとは?   https://piazo.jp/article/20230125-BC-2023-baseball-players-watches/

皆さんいかがでしたか?
大谷翔平選手をもっと応援したくなったのではないでしょうか?

日本ハム在籍時の2017年第4回大会は故障の為出場を断念しており、今回は満を持しての大会となります。

今現在でも世界一の野球選手とも言える大谷翔平選手ですが、

侍ジャパンを優勝に導くことで、二刀流・大谷翔平選手の名をより確かなものとして欲しいですよね(^^)/

大谷翔平選手のこれからの活躍、特にメジャーでのタイトル獲得に期待したいですよね(^ω^)

近い将来、大谷翔平選手が投打の三冠王となる日が来るかもしれないですよね!

最後までお読みいただきありがとうございました。